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猫の介護

6月初旬に、愛猫のみう子さんが虹の橋へ旅立った
20歳だった
見事に栄誉ある猫又になってすぐ、
おとーさんとおかーさん(花)の腕の中で旅に出てしまった
私は年甲斐もなく、わんわん大泣きしてしまった。
こんなに泣くのねってくらい
子供のように大泣きしてしまった
今でも思い出すと泣いてしまう
よく大往生だねって言われるけど、
バカみたいだが、死ぬなんて思ってはいなかったのが本音
よく人には、年だからとは言っていたが
それは自分に言い聞かせていた部分があった。
それも猫側にすればエゴにしか過ぎないのだが


昨年の夏に急に痙攣を起こし、
急ぎ動物病院へ駆け込み腎臓が悪いというのを知った。
四苦八苦しながら投薬をした
慣れずにそれでもいつかは慣れて
年齢のこともあるのだろうけど
とにかく焦り、なんとかしたいというのは
猫のおかーさん(下僕)だからなのだろう

仏教には愛別離苦という言葉がある
人間が逃れられない苦しみとしての八苦の一つと言われている
出会いと別れ。必ず離れるというもの
占い師だと、この手の話は毎日のように聞くし
別れなんて正直いえば悲しいかな、日常茶飯事の話ではある
どんな形であれ別れというものは、辛い
それ以上にキッツイ

話を戻そう
今は人間だけではなく、動物も長生きになった
先ほども申し上げた通りうちの猫は20歳までいきた
ただ、晩年は投薬と強制給餌とおむつ、自家点滴もろもろの介護だった

お灸とおむつちゃん


今は、本当に動物用のマナーウエアというおむつがある
尻尾のところに穴も開いておりそこを通して粗相に対応する
うちも亡くなる3ヶ月前くらいからおむつに切り替えた
おしっこもうんちも、自分でしようとするのだけど
そこまで間に合わないか、自分で出来ないというのがあり
摘便に通ったりしていた
本当うんちをしただけで私は喜んでいたが、掃除は並大抵ではなかった
赤ちゃんに戻っていたと思うし、
昔子供の赤ちゃんの頃の経験が役に立った気がする
お尻をシャワーを弱目にして洗ってあげて
夫婦であ〜だこうだいいながら脱衣所でお尻を拭いて
おむつ履かせてなんてやっていたし
強制給餌はミルクを与えていたような感覚だった
苦しいんですよ。本当は
だけど、この子のためならと出来てしまう
そこは猫からすれば鬱陶しいかもしれないが、
親としての(下僕)愛だと思って欲しい

この写真は亡くなる数日前の写真

どんなに痩せても大事にしていたし
なんとかしたいと思っていた
それは人間のエゴなんだけど
ただ、自分で言い聞かせるように
着地点ばかり言っていた気がする
苦しまないように、苦しまないように

最後の時に腕の中で旅立ったのは
人から見れば奇跡だという
だけど
息が止まってもう戻ってこないんだと思った時に
年甲斐も無く大泣きしながら、速攻その日のうちに強制給餌で使っていたシリンジを全て捨てた
それは心の中で苦しめていたんじゃないかという罪悪感があったからだ

今でも何が正しいのかわからない。

最後の食事をして30分も経たない時にあっという間に旅立ってしまった
自分で着地点がわからないとはいえ
苦しめてしまったと泣いていた

Xでそれを言ったら
お腹いっぱいにして天国へ旅立たせたんだから
それでいいと言ってもらえてどれだけ励みになったことか
そうか、私はお腹いっぱいにして天国へ旅立たせたんだ
ぼんやりしながらみう子さんの頭を撫で続けた
悔しいかな、冷たくなって
体が硬くなっていく。あれだけ私達に体を擦り続けていたのに

夫からも
本気でよくやったよと
夫婦にとってはわかってはいるけど
逆縁的なもので、こんな悲しい思いをするとは考えてもいなかった
ただ、一つ言えるのは
それでかなり互いに向き合ったのは確か

ありがとうね、みう子さん

動物病院にお礼の電話をして
旅立ったことを告げたらお花が届いた
人の優しさがこんなに沁みるとは
いつも人に限らず生死は

必ず学びになるものだなと思う

・・・

時折わかってはいるけど
みう子さん帰ってこないかなと
初めてうちの家の庭に来たように
ひょっこり帰っておいで

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